ぶんちょうの小部屋

徒然なるままに。

訃報に惹かれる人々の不思議

不思議なことに文鳥の訃報を書くとブログのアクセスが上がります。
このブログだと通常は更新したことをツイートすると100くらい、更新してなければ10人前後です。けれど訃報を書くと400アクセス以上になります。どこから湧いて出るのでしょうか。
おそらく多くの人が気になるトピックなのでしょう。

その昔ブログ華やかなりし頃からそういう傾向はありました。

自分も以前は文鳥ブログをいくつか回っていました。
ブログ主さんの愛鳥が落鳥すると、ROM専門だったのか見たことないハンドルの人がコメントを付けます。
それがだいたい「自分も同じような病気で(愛鳥を)亡くして〜」と事細かにその当時のことを振り返り、あとはひたすら寂しいという内容です。

実は自分のブログでも以前そういう書き込みを頂戴したことがありまして、ちょっといい人ぶりたかったわたしは律儀にリプライを書いてたのですがこれがしんどい。
こっちは愛鳥亡くしたばかりで思い出話に付き合ってる余力無いから…というわけでそれ以来お気持ちだけ頂戴しています。

そういう状況でもマメにリプライしてるブログ主さんはすごいですね。
リプライがだんだん長いラリーになっていくのも見ててすごいなと思っていました(自分なら確実に話を切っているだろう)。仕舞いには落鳥した方の飼い主さんが慰める側に回っていたり…。
あれはコメントつける側の人が思いの丈を全部書いてスッキリしないと終わらないんですよね。つまりは自分のためという…。
共感(という名を借りた感情の発露)のため死の影を追い求める人が少なからず存在しているというのが実感です。

あとわたしが虹の橋を信じてないと公言してるのも関係があるかも。そのタイプの人は虹の橋が好きなので(動物用の涅槃のようなものはもしかしたらあるのかもしれませんが、それが虹の橋なのですかね)。

ただ、虹の橋の話をしながら本当は信じてないから何年も苦しいのではという気もしますが…。

今はほとんどブログを回らないですけど、たまにtwitterでも見かけるような…。自分のフォロワーさんにはもちろん居ませんけど。

まぁ何が言いたいかというと、他人の悲しみに便乗せず自分の中でなんとか折り合いを付けた方がいいんじゃないかなと思います。
あと訃報以外の時もブログを読んでくれるといいかもしれません。